コラム
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2024.04.24~森で起きている野生動物問題~次世代に森林を残すためにやるべきこと

岐阜県立森林文化アカデミーで講師を務める新津 裕先生の連載コラム。今回のテーマは「森で起きている野生動物問題」。住処を追われた動物が人里に降りてきて……というニュースを時折見かけますが、被害を受けているのは農作物だけではないようです。野生動物が人間の暮らしにどのような影響を与えているのか、そして、次の世代に森林を残すためになにをすべきなのか、教えていただきました。

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新津裕 プロフィール
森林文化アカデミー講師 林業と言えば木材生産が主軸ですが、時代と共に森林と人との関わり方も変化していきます。そして現在の日本は森林の荒廃、森林管理の人材不足や獣害など様々な課題が山積みです。何かひとつの関わり方では解決できないそれらを、視野を広げて取り組むことで新たな解決の糸口になるのではないかと考えます。森林空間の利用と獣害対策を軸に、森林の関係人口を増やし、将来なりたい職業に「林業」がランクインできる世の中を目指します。

  野生動物と言えばどんな動物を思い浮かべますか? クマ? サル? アライグマ? 人の暮らしの中に野生動物が出現して騒ぎになるニュースも毎年のように取り上げられていますが、近年はクマに関連する話題が多かったように感じます。日本の野生動物は、ほ乳類だけでも100種を超えます。今回は、その野生動物の一部が我々の暮らしにどのような影響を与えているのかを紹介していきたいと思います。

農作物における野生動物問題


出典:農林水産省Webサイト「野生鳥獣による農作物被害(R4年度)」

 
上図が示すように、日本国内で加害獣として農作物に大きな影響を与えているのは、「イノシシ」と「ニホンジカ」です。主に稲や麦などの穀物や果樹などへの被害が多く見られます。同時に野菜や飼料系の作物は、サルやアライグマ、ハクビシンなど多くの動物の影響を受けています。鳥獣による農業被害を金額で換算すると、およそ155億円/年もの被害が出ていると報告されています。

シシ垣の名残(岐阜県)

野生動物(ほ乳類)から農作物を守るための戦いは、今に始まったことではないようです。かつては集落を石積みで囲った「シシ垣」に見張りの小屋を設置し、日中はサルから守り夜間はイノシシの襲来から作物を守ったと言われています。集落の移転や林道の新設でその名残は減ってしまいましたが、少し田舎を車で走っていると未だにシシ垣の形跡を見かけることができます。なお、当時のシシという言葉は、イノシシだけではなくシカやカモシカにも当てはまる様です。

森林における野生動物問題

とある森林での様子

日本の多くの面積を占めている森林エリア・山村地域では、人口流出による過疎化や耕作放棄、森の担い手不足、狩猟人口の高齢化、ライフスタイルの変化といったさまざまな課題が山積みです。それらの影響もあり、むしろ野生動物にとって活動しやすい環境になっている地域もあります。 出典:林野庁Webサイト「主要な野生鳥獣による森林被害面積(令和4年度)」 農業被害に比べ、ニホンジカが占める割合が圧倒的に多いのが森林被害です。ニホンジカ由来の被害は2014年をピークに減少傾向にありますが、2022年には3,300haの森林がその被害にあっています。

ニホンジカによる剥皮害:ほぼ全ての立木が被害を受けている

ニホンジカの被害は、新たに植樹した苗木に対して口の届く範囲で数年にわたり影響を与える場合と、被害を免れて大きく成長した樹も樹皮の剥皮被害(角で擦るor摂食)にあう場合があり、生息頭数の多いエリアでは長期的に樹木へ影響を与えてしまいます。  

クマによる樹皮剥ぎの被害:爪の痕が特徴的

奥山では特に杉の大径木がクマ剥ぎ(樹皮を大きく剥かれる被害)にあっています。これらの被害は植樹した人工林の針葉樹に限らず広葉樹でも被害が確認されています。樹皮は樹木にとって成長に必要な組織のため、一度被害を受けると内部に腐朽や木材への染みなどの悪影響を引き起こします。 他にもノウサギは小さい苗木や枝を食べてしまうことから、大規模な皆伐と植樹をおこなった際は、その被害が一層深刻なモノになると懸念されています。実際に私の所属している学校林でも、実習で植えた苗木に対策を施さないと、ほぼ100%ニホンジカ・カモシカ・ノウサギの被害にあって健全に育成できない事態になっています。

間接的に人間が引き起こす野生動物問題

アウトドア活動の流行

アウトドアの流行によって自然に近い場所で活動する人も増えました。しかし、実はその流行が要因で、近年のキャンプ場や登山道、または市街地で野生動物が目撃されるきっかけとなっている事は案外知られていません。「自然に還るから」といって食べ残しや食べこぼしを放置してしまうと、その味を覚えた野生動物が積極的に人に接触しようとする場合もあります。レジャーシーズンのBBQ、お墓へのお供え物、間引きした野菜や果樹なども誘因となる可能性がありますので、放置しないように十分気を付けましょう。

次世代に森林を残すためには野生動物問題の解決が必須

茶色に見えるのは樹皮を剥かれ枯れた樹

数か月~1年で収穫できるような短いスパンで成り立つ農作物と異なり、木材は数十年という年月をかけて成長した樹から製材します。その間に一度でも被害を受けてしまうと、材の取引の中で『欠点』と見なされ価格が暴落してしまいます。 伐採の時期になっても山からその欠点の部分は用材として伐り出されることはなく、あってもパルプやチップとして数千円/トン での取引になります。数十年かけて育て、あと数年で現金収入になると期待していた森林所有者にとっては非常に大きな痛手です。 このまま被害が広がっていくと、木材や森林資源を豊富に利用している日本人の暮らしが維持できなくなる可能性すらあります。林業に関連がなくても木材を暮らしの中で使っている人々にとって、この状況は他人ごとではありません。国産材への注目度が高まり木材自給率が向上している現在を喜んでばかりもいられません。次世代への森林のバトンタッチは、とても危うい状態にあるのです。

野生動物問題に対して今できること

森林被害の出ているエリアでは見回りも一苦労

野生動物は、愛玩動物とは異なる視点で判断することが必要です。増えすぎてしまえば今までの暮らしが脅かされることもあります。ですが、残念ながら「〇〇をすれば大丈夫!」という唯一の答えは存在しません。 海外では人の暮らしと野生動物の関係性を考えながら「Wildlife:野生動物管理」や「Animal welfare:動物福祉」という考えが浸透してきています。保護するだけでなく、適切な頭数に維持管理(捕獲を含む)することで人の暮らしと野生動物とのバランスを整えるという考え方です。 日本でも野生動物が増えすぎたエリアでは、県や市町村単位で個体数の調整を検討しています。調整、すなわち猟師による捕獲です。ところが猟師の高齢化が進んでおり、アクセスしやすい集落の近くは捕獲が進むものの、山奥での捕獲を担える猟師の数が減少。今、野生動物を捕獲する資格と知識を有した若者が求められています。 時代によって人間の都合で保護されたり捕獲されたりと振り回されている動物は、ある意味被害者でもありますが、我々の価値観やライフスタイルが自然・野生動物へ影響を及ぼしているということも忘れないように暮らしていきたいですね。 昨今ジビエが日本国内で普及しだしている背景には、野生動物問題による農作物・森林被害の防除的機能も潜んでいます。我々の暮らしは、実際のところさまざまな部分で森林と繋がっているのです。

      

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