岐阜県立森林文化アカデミーで講師を務める新津 裕先生の連載コラム。今回は「日本の森の変遷」、そして「森林伐採の歴史」について、教えていただきました。古来より日本人は、木や森と密接に関わって暮らしてきましたが、いつの時代も森林資源が豊富にあった、というわけではないようです。 |
新津裕 プロフィール 森林文化アカデミー講師 林業と言えば木材生産が主軸ですが、時代と共に森林と人との関わり方も変化していきます。そして現在の日本は森林の荒廃、森林管理の人材不足や獣害など様々な課題が山積みです。何かひとつの関わり方では解決できないそれらを、視野を広げて取り組むことで新たな解決の糸口になるのではないかと考えます。森林空間の利用と獣害対策を軸に、森林の関係人口を増やし、将来なりたい職業に「林業」がランクインできる世の中を目指します。 |
日本は国土面積のおよそ2/3が森林という世界で見ても非常に森林の割合の多い国です。国際連合食料農業機関(FAO)の「世界森林資源評価2020(FRA2020)」によると、OECD加盟国(先進国が加盟する国際機関)の中では森林率がフィンランド、スウェーデンに次ぐ世界第3位とされています。
今我々の住んでいる日本について、「森林が豊富」にあると認識している人は多いかと思いますが、果たしてそれはいつから続いていることなのでしょうか? 有史以来ずっと豊富な森林が続いているのでしょうか? その疑問を各種文献から紐解いてみます。
奈良時代の日本の森林
日本書紀によると、天武天皇が“機内山野の樹を伐ること”を禁止した勅を発令したとされています。これが森林伐採禁止令の最古の記録と言われており、当時から地域によっては既に森が荒れ、災害が頻発していたことを示します。
その後、奈良時代に入ると約10万人という人口を支える都市や社寺などの大規模な木造建築が相次ぎ、非常に多くの材木が必要となりました。それらの材料を確保するために広範囲で森林資源が賄われることになったと言います。故に、600年代~800年代は森林が荒廃していた時代とも言われているのです。
戦国時代~江戸時代の日本の森林
戦国時代になると、城郭建造や戦火・震災による消失などで、繰り返し多くの木材が必要とされるようになりました。江戸時代には人口が集中した江戸や大阪などの都市で木材需要が増大し、それと同時に森林資源の枯渇と災害の発生が深刻化することに。これによって幕府や各藩によって伐採を禁止する措置が取られたという記録が各地に残されています。
また、絵画からも当時の森林の様子をうかがうことができます。改めて日本の近世の美術作品を見てみてください。森林が描かれている姿はどれくらい見つかるでしょうか。浮世絵などでは松が描かれることが多くありますが、松は荒れた土地に生息しやすい樹木です。つまり緑色に描かれているのは森林ではなく、松よりも小さい背丈の草かもしれません。誰もが知る作品でも当時の森林事情を知る手掛かりになるのです。
近代~現代の日本の森林
近代でも製造業の資源や燃料として森林から多くの木材が利用されてきました。戦争の際には、他国に頼らず自国で生産できる資源として森林資源が注目されることに。戦後も復興のために木材資源が必要となり、日本の森林は再び荒廃することとなります。
現在の皆さんが目にする森林の多くは、戦後に造林されたものということをご存知でしょうか。日本の森林面積の40%程が、建築用材として利用すること(伐る事)を目的として植林されたスギやヒノキなどの人工的な森林です。
折しも昭和30年ころは全国的に住宅不足だったこともあり、急激な需要に対しての木材価格高騰とそれに対応するために実施された木材の輸入自由化によって、外国からの安価で使いやすい輸入材がもてはやされるようになりました。一方で、日本の木材はほとんど必要とされなくなり、その結果流通も少なくなり、手入れの行き届かない森林が増えてしまいました。
現状の日本の森林では、伐採されて利用される量よりも、新たに成長して蓄積する量の方が多いと言われています。一⾒良いことのように思えますが、本来伐ることを目的として植えられた人工林にとっては、喜べない状況なのです。間伐が進まず過密になった森では、太陽の光や栄養が⼗分に届きません。根も十分に伸ばせないため幹の細い木しか育たず、森の持つ⼒が弱くなってしまうのです。また、伐採しても丸太が適正な価格で売れないなどの理由で、放置され荒れてしまう森も少なくありません。
これからの日本の森林
このように日本の森林の姿は、我々の暮らしに応じて大きく姿を変えてきました。豊かな森は、資源として利用できるだけでなく、人々を災害などから守り、樹木としてCO2を吸収し、木材としてCO2を固定してくれるなど、サスティナブルな社会創造に役⽴つ貴重な環境資源です。
とはいえ、数年~数十年と成長するまでに世代を超えた時間軸で考えないといけない森林資源。今の森林があるのは我々の1~2世代前の人々が手をかけてくれたおかげです。次の世代にバトンを渡すために、我々の世代としてこれからの森林をどうするか、向き合っていく必要がありますね。