こんにちは! もりのきのこです。今回は、キイノクスのアップサイクル プロジェクトでご活躍の表具師、井上雅博さんに、ご自身のお仕事や、キイノクスへの参画の思いなどについてお聞きしました。井上さんは、京都で1957年に創業し、数多くの文化財修復にも携わる京表具井上光雅堂の三代目として、京表具を通して伝統技術の継承や普及に尽力し、「空間を表装する」ことをテーマに、様々な取り組みで活躍しています。 |
井上 雅博さんプロフィール 京都生まれ、京都在住。一級表装技能士。神社・仏閣の表装をはじめ、日本画・書に関わる軸装・額装・屏風等、表装の新調と修復を手掛ける。近年は、日本画家・書家の表装作品をはじめ、現代アートと京表具を融合させた作品の制作など、現代建築様式へのアプローチとして京表具で使用する伝統的な材料と技法を活かし、新しいアート・デザインを取り入れた表装作品も数多く制作している。 京表具 井上光雅堂 |
キイノクス アップサイクル プロジェクトと井上雅博さん
キイノクス アップサイクル プロジェクトは、廃棄されてしまう端材や未利用材を活用して、様々な分野のアーティストの力で新しい価値を創出し、国産材の可能性を拡張するSDGsを意識したプロジェクトです。木材を、布や紙、石などと組み合わせて世界にひとつだけのオリジナルの作品を制作しています。 井上さんには、表具で使用する和紙や、西陣織の布と木を組み褪せたアートパネルを制作いただいています。
表具屋は、作家さんの裏方
――表具師とはどんなお仕事ですか?
表装するお仕事で、わかりやすく言うと、掛け軸や屏風、額装を仕立てる仕事です。書家や画家から作品をお預かりして、表装して仕上げるのですが、最近では、作品そのものだけでなく、作品を飾る壁に和紙を貼ったり、どのように作品を飾るのかといった空間演出の部分を担うことも多くなっています。 表具屋の仕事は、作家さんの裏方さんで、書や絵などの作品を表装することで引き立たせる仕事です。作品を表装する時に、その作品の背景は、黒色が合うのか、あるいは茶色の方が合うのか、その色が違うだけで作品の見え方や印象は大きく変わります。 作家さんから届いた作品が、最終的にどういう作品として目に映るのか、少し大袈裟な言い方をすると、作品を活かすも殺すも表装次第というところもあるので、とても重要かつ責任の重い仕事だと思っています。
サステナブルは新しいことではない
――キイノクス アップサイクル プロジェクトの作品作りには、端材や未利用材を活用して作ると聞いて、どんなことを思いましたか?
表具の仕事とリンクする部分があると思いました。 表具の仕事では、何百年も前に描かれた絵に、修復というタイミングで一瞬だけ関わらせていただいて、また次の世代に残していきます。過去から未来へと繋いでいく中で、素材や方法にもこだわらなくてはならず、使い捨ての感覚がない仕事です。 最近は、サステナブルという言葉をよく耳にしますが、昔からこの感覚を持ちながら仕事をしているので、私たちにとっては、サステナブルというのは新しいことではないんです。 表具の作業で使用する仮貼り板というのがあるのですが、中は障子のような組子の木で出来ていて、表面に和紙を貼って柿渋を塗って丈夫に仕上げています。ここに絵を貼って、それをまた剥がしてというように、何度も繰り返し使うんです。今使用しているものは、私の祖父の代から使用しているものです。道具ひとつとっても同様で、直したり補強したりしながら先代からずっと使い続けているものが多くあります。 捨てるのではなく、活用する、使い続ける、そういうことが表具師にとっては日常の感覚です。
素材の適材適所を考えると国産の木材に
――国産の木を使うということについて、どう思いますか?
日本の木には、外国産とは明らかに違う良さがあります。それは、見てもわかるし、触った感触も、匂いも硬さも違います。そういう素材の特性によって、これは家具に向いているとか、こっちは額縁に向いているとか、どんな用途に使いやすいのか、方向を決めやすいんです。でも、外国産材を使用するシーンでは、すでに材として加工されていることが多く、形状を優先して使うことが多いように思います。 ほんの数十年前までは、私たちの暮らしは、国産材であふれていたと思うんです。その頃の感覚に戻ると、それぞれの素材に適した場所で使う、適材適所で使う、という考え方になるのだと思います。例えば建築において、お茶室を作ろうという時に、お茶室にはこの木が向いていると考えると自然と国産材に行きつく、とうように見直されていく。それが国産材だから使うという順序ではなく、その木がそこに適しているから使います、それが結果的に国産材だった、という感覚です。日本は湿気も多い独特の気候です。気候の異なる地域で育った木材よりも、日本の気候の中で育った木が適している用途がたくさんあると思います。
「空間を表装する(スペース・マウンティング)」というテーマ
2021年7月特別企画展「Space Mounting |スペース・マウンティング」を開催
――ご自身の活動のテーマと、その思いについてお聞かせください。
工房で作品を額装したり掛け軸に仕上げて終わりということではなく、“空間を表装する” というのをテーマに仕事をしていきたいと思っています。私は表具師なのですが、掛け軸や額装にとどまらない内装や、アーティストとのコラボレーション、展覧会のプロデュースなどにも携わっています。一見いろいろな新しいことをやっているように見えますが、作家さんの裏方として、作品を引き立たせるという仕事において、それらはひとつのことなんです。 「空間」は「スペース」、「表装する」は「作品をマウントすること」。空間を表装することを、「スペース・マウンティング」としてテーマにすると、自分の出来ることが一気に広がります。作品を飾る場所を空間としてとらえ、作品を飾る壁を貼ったり、作品をどのように表装するのが良いのか、今までの技術を使って、現代の表具にしていきたいと思っています。 現代は建築様式がどんどん変わってきていています。もともとは数寄屋建築で、床の間があって、そこには掛け軸がありました。掛け軸は、いろいろ計算されてそこに最適な寸法になっています。床の間が減少傾向にある現代でも、同様の考え方は求められます。 例えばコンクリート打ちっぱなしの建築があって、壁に作品を飾る時、どう装飾していくのか。時代や環境や素材が変わっていく中で、表具師としてどんなことが出来るのかって考えていくと、結果的にこれまでになかった表現に行きつくことがあります。 それらが、一見すると新しいことをやっているような印象を与えるのだと思います。作品を飾る建築物が変化しているので、それに合わせて仕立ても変化させている感じです。新しい表現を求めてたどり着くのではなく、現代の建築などの作品が置かれる空間の中で、作品を表装することで引き立てると考えた結果です。表具師としての仕事を、“空間を表装する”、“スペース・マウンティング”をテーマにすると、いろいろな可能性が広がっていきます。
衣食住のその先の心の豊かさに繋がれば
――キイノクス プロジェクト参画への思いをお聞かせください。
ご縁のめぐり合わせで出会えたことをありがたく思います。今回の端材などを活用したアートパネル制作の取り組みというのは、今の時代のニーズと合致していて、求められているものだと思います。私の仕事は、内装に関わる仕事でもあるので、共感できる部分が多くありました。 協業など、なかなか出会えない出会いは、また面白いものが出来ると思うので、そういった面でもとても期待しています。表具師は中和剤的な立ち位置だと思っていて、間に入って、いろいろな作家さんとテーマを広げていくことが出来ると思っています。 私は大工さんでもないですし、家具職人でもない表具師なので、木の塊を扱うようなことはないのですが、私たちの仕事は、常に木を使っている仕事です。木に親しみのある中で、これまでしてきたことの応用で、キイノクスプロジェクトに応えていけたらいいなと思います。 私たちの仕事は、衣食住に直接つながることはないんですけど、例えばアートは居心地の良さとか、心の豊かさに繋がっていくもので、観て楽しめるものに携わる仕事なので、作品を観る人が、その作品や空間を通じて、心が安らいだり、豊かになってくれたらいいなと思います。